◇21日
3時から伊藤滋さんにインタビュー@渋谷。事務所からの抜群の眺め(代々木体育館が一望できる)に驚きつつ、インタビュー開始。高山研時代の話〜Joint Center研究員時代〜帰国後の地域開発センターでの活動など、主に1950-60年代の話を中心に伺った。丹下さんとの思想的な接点は全くないが、唯一の丹下研とのリンクが奥平耕造さんであった話。高山研時代に数量的な交通計画による都市デザインの可能性を探求した話。Joint Centerでの政治/経済/法律学者たちとの議論や、計量地理学者Horwoodにコンピュータグラフィックスを習った話。インターメディアとしてのJoint Centerの役割とその限界についての話。帰国後も丹下ー磯村ラインとは別の路線を辿った話など。当時の熱い議論を思い浮かべられるような、詳細かつ新鮮な話を伺うことができた。「SFCもJoint Centerも都市工もみんな10年が限度だよ」とも。槇さん〜簑原さん〜伊藤さんという一連のインタビュー・シリーズでは、アメリカ時代の都市・建築的状況が鮮明に蘇るようなマニアックかつ大局的な素晴らしい話の数々が非常に刺激的であったが、それ以上に「都市を思考することとは何か?」「なぜ都市を分析し計画しなければならないのか?」「なぜ都市にはシステム=制度が必要か?」という根本的な問いを投げかけられたように感じた。今後もインタビューは継続予定です。
◇22日
1時から東大の田村さんによるレクチャー@豊洲。ベルラーへ、MVRDV時代に実践・展開されたいくつものリサーチプロジェクトと、その実践の根底に流れている(ご自身の)思想・問題意識についてレクチャーしていただいた。都市化に伴う「デュアルシティ」的な現象(=富裕層(超高層)とそれに従事するサービス業者としての貧困層(バラック)とが、同一都市内に近接しながら乖離共存すること)や、移民問題などに対する意識を持ちながら、「Region Maker」や「NL Stad」などのプロジェクトを行ってこられたという話に素直に共感。文化人類学的・カルチュラルスディーズ的な事柄と、科学的・計量的な都市リサーチとの間をどうブリッジするか。とても面白く拝聴させていただきました。
ただ、個人的なことでは、最近カルスタ的なものへの関心の在り方が変わってきている。以前、東裕紀か誰かが、東京に住むカルスタ研究者がなぜボブ・マーリーを賞賛する必要があるのか?という問いかけをしていたが、現在の興味はこの疑問に近いかも。東京における「他者」や「遭遇」とは何か?そしてその独自性とは?その手がかりとしてこれまでは、広義のシュルレアリスム的な思考を参考にしてきたが、最近は「やっぱジェイムズ・クリフォードよりもフーゴ・バルだよな〜」という感じ。シュルレアリスムよりもダダの方が今の気分。ダダ再燃?
夜には最終ToY4@渋谷。3回目にも関わらず、皆さん文章完成度が高い。後半から突然の柄沢さん登場で盛り上がる。これで最後の参加となったが、ToYからは本当にたくさんの刺激を受けまくった1年半でした。筑波から出て来た頃は本当に建築界の雰囲気について何も知らない学生だったが、徐々に東京建築界の空気にも馴染み、その空気への適度な反発/順応を通して、様々な思考・戦略を練ることができた。一言で、楽しかった。さて、これで一区切りつけて、モデルチェンジ、モデルチェンジ。DADADADADA。
◇23日
古川さんと共にDM事務所@浅草へ。敷地模型作成。既存建築はしっかりと白模型でつくってみると、なんだか修道院みたい。やっぱりかなりスケジュールがピンチ!スタディ方法を効率化せねば。
その後、元屋で鳥三昧。最近はぼんじりブーム。
◇24日
10時からヒルズのエスカレーターを撮影@六本木。「群衆空間としての商業建築のコア」を撮るはずが、午前中だったためか人が結構少なくエスカレーター脇でしばし待機。すると電車の到着に合わせて一定間隔で一定量の人が流入してくることが分かる。これは結構あたり前だけど、なんだか不思議な感覚。群衆空間として成立しているのはたった一瞬の出来事で、それ以外の多くの時間は無人空間となっている。普段は気づかない、都市のほころび。「仮置きされた制度」の外に出てみること。
午後から再びDM事務所へ。夜中まで作業し、ようやく1つ目のスタディ案=ピロティ案を検討。終電間近の東武線に乗ると、酔っぱらってセクハラ的な電話をしている数人のおじさんと、数人の若い女の人だけの車内。あまりの「東側感」にウケる。これもまた、ひとつの都市のほころび。都市の「内部」では、気づかずに通り過ぎることはとてつもなく多い。
◇25日
「Space for Your Future」展を見に現代美術館へ。石上さんの巨大風船、オラファー・エリアソンの発光体、カールステン・ニコライの霧、SANAAのガーデンハウス、蜷川実花の写真、nendoの風車などが印象に残る。エリアソンのやつは、オブジェとして見るのではなく、空間として考える(あるいはそれが置かれる空間を想像してみる)ことによって、面白みが倍増。蜷川実花はあれを「my room」と言い切れるところがやっぱりすごい切れ味。石上さんの風船がぼんやりと動いていく様を全方位から多くの人がぼんやりと見ている光景は、やっぱり新鮮だし「豊かな空間」だったかも。ニコライとSANAAは「まさに!」という感じ。非常に空間感覚をくすぐられる展示だった。「空間をデザインすること」と「空間を創造すること」、そして「空間を想像すること」。この3者の関係性について思いを巡らせながら帰路へ。
◇26日
北山さんが言う「仮置きされた制度へと介入する新しい空間図式」が気になる今日この頃。豊洲を歩いていると、今まで信号がなかった交差点に、ついに信号が完成している。それに伴って、停車する車、停止する人、構わず通り過ぎる人など、これまで無秩序だった交差点の状況が整理・分類され、再構成されている。都市とはこのような制度によって「つくられて」いくのだ、と再認識させられた。開発途中の土地においてはどこからが「都市」なのだろうか?制度のない土地は「都市」なのか?そうではないとしたらその土地は何と呼ばれるべきなのだろう?
2007年11月27日火曜日
2007年11月21日水曜日
戦略的にふらふらと
◇10日
銀座ギャラリー巡り。ニコンギャラリー、キャノンギャラリー、GGG、資生堂ギャラリーなどを転々とまわる。
立木義浩「ありふれた景色」展はモノクロ写真で日常の中の不思議な風景を切り取ったもの。シュルレアリスム的。
瀬戸正人「ビンラン」展はショーウィンドウのような空間の切り取られ方がとても面白い。窓と呼ぶには大きすぎる、電飾された開口部によって切り取られた内部風景の虚構感と、そのタイポロジー的な展開法が印象的。
GGGのマガジン・プール展では、ポートフォリオの見せ方について考えさせられる。雑誌みたいなPFもありかな。青一色でアイソタイプ的なグラフィックを展開していた作品に興味を引かれた。統一すること(フォーマット)と差異化すること。
北原愛展は、「境界」という建築的テーマ設定がされていて、国境線を両側から見たもののボリューム化と、両義的なドアの展示。スケッチなんかもとても建築的イマジネーションをくすぐるものだった。帳簿に青木淳さんの名前が。
◇11日
DM関連の敷地調査を済ませ、打ち合わせ。敷地はすごく変だし、お施主さんはめちゃめちゃ良い人だし、ロケーションは良いし、なんだかとてもやる気になり、盛り上がる。帰りのバスで事故渋滞。東京駅内をダッシュし、ぎりぎり終電に飛び乗ると、ふとももに痛みが…。運動しよ。
東名高速から見える、「向こうの方に超高層がある」風景が気になった。常磐線でも同じ感覚を味わうこうした風景には、うまく言えないが、一種独特の空間性を感じる。
◇16日
久々のToY4@藤村事務所。(予想通り)事務所の雰囲気がかなり変わっている。今回もm1を中心に多彩なメンバーで楽しそう。ただ柄沢さんがいないせいか、結構空気がいつもと違って固かった気も。久しぶりに会った千種さんが、雰囲気が変わっていて楽しい。終了後ファミレスで雑談。「かわいい」ムーブメントの詳細を知り、衝撃を受ける。
◇17日
汐留でone showを見た後、六本木クロッシングを見にヒルズへ。美術的というよりはデザイン的な展示が多く、アイディアの切り口の斬新さが光る作品多数。とても楽しかった。これだけボリュームのある展覧会なのに、見終わった後あまり疲れないのは、キュレーションの巧さか。帰り際、下りエレベータに乗ろうとすると、明らかにブルーカラーなジャージおじさん達に遭遇。これが東京の独自性だと再認識。中国ではこんな光景はないだろう。記憶に鮮明に残った。
◇18日
鎌倉へ。建長寺から山越しに見えた海が最高〜。旨いもん食って帰って寝る。やっぱ冬の鎌倉は良いな。
◇19日
今日もToY4。今回はToY卒業論文的な文章で行くことに決めた。今回のToYと研究室で進めている雑誌企画をひとつの節目にしようと考えている。その後は、徹底的にモデルチェンジしてやる。最初は固かったこの日のToYも有原の登場と共にヒートアップ。やっぱ腕持ってるなー。最後は結構盛り上がって終了。
◇20日
有原とファミレス@駒込。開いていくことと、うまくやっていくこと、ニヤケポイント、「かわいい」ムーブメントについて。モデルチェンジ後の方向性について練る。「男は黙って戦略性」。
銀座ギャラリー巡り。ニコンギャラリー、キャノンギャラリー、GGG、資生堂ギャラリーなどを転々とまわる。
立木義浩「ありふれた景色」展はモノクロ写真で日常の中の不思議な風景を切り取ったもの。シュルレアリスム的。
瀬戸正人「ビンラン」展はショーウィンドウのような空間の切り取られ方がとても面白い。窓と呼ぶには大きすぎる、電飾された開口部によって切り取られた内部風景の虚構感と、そのタイポロジー的な展開法が印象的。
GGGのマガジン・プール展では、ポートフォリオの見せ方について考えさせられる。雑誌みたいなPFもありかな。青一色でアイソタイプ的なグラフィックを展開していた作品に興味を引かれた。統一すること(フォーマット)と差異化すること。
北原愛展は、「境界」という建築的テーマ設定がされていて、国境線を両側から見たもののボリューム化と、両義的なドアの展示。スケッチなんかもとても建築的イマジネーションをくすぐるものだった。帳簿に青木淳さんの名前が。
◇11日
DM関連の敷地調査を済ませ、打ち合わせ。敷地はすごく変だし、お施主さんはめちゃめちゃ良い人だし、ロケーションは良いし、なんだかとてもやる気になり、盛り上がる。帰りのバスで事故渋滞。東京駅内をダッシュし、ぎりぎり終電に飛び乗ると、ふとももに痛みが…。運動しよ。
東名高速から見える、「向こうの方に超高層がある」風景が気になった。常磐線でも同じ感覚を味わうこうした風景には、うまく言えないが、一種独特の空間性を感じる。
◇16日
久々のToY4@藤村事務所。(予想通り)事務所の雰囲気がかなり変わっている。今回もm1を中心に多彩なメンバーで楽しそう。ただ柄沢さんがいないせいか、結構空気がいつもと違って固かった気も。久しぶりに会った千種さんが、雰囲気が変わっていて楽しい。終了後ファミレスで雑談。「かわいい」ムーブメントの詳細を知り、衝撃を受ける。
◇17日
汐留でone showを見た後、六本木クロッシングを見にヒルズへ。美術的というよりはデザイン的な展示が多く、アイディアの切り口の斬新さが光る作品多数。とても楽しかった。これだけボリュームのある展覧会なのに、見終わった後あまり疲れないのは、キュレーションの巧さか。帰り際、下りエレベータに乗ろうとすると、明らかにブルーカラーなジャージおじさん達に遭遇。これが東京の独自性だと再認識。中国ではこんな光景はないだろう。記憶に鮮明に残った。
◇18日
鎌倉へ。建長寺から山越しに見えた海が最高〜。旨いもん食って帰って寝る。やっぱ冬の鎌倉は良いな。
◇19日
今日もToY4。今回はToY卒業論文的な文章で行くことに決めた。今回のToYと研究室で進めている雑誌企画をひとつの節目にしようと考えている。その後は、徹底的にモデルチェンジしてやる。最初は固かったこの日のToYも有原の登場と共にヒートアップ。やっぱ腕持ってるなー。最後は結構盛り上がって終了。
◇20日
有原とファミレス@駒込。開いていくことと、うまくやっていくこと、ニヤケポイント、「かわいい」ムーブメントについて。モデルチェンジ後の方向性について練る。「男は黙って戦略性」。
2007年11月9日金曜日
複数の都市心象風景
◇7日
簑原さんにインタビューに伺う@新宿。ペンシルバニア大学留学時の話と幕張の計画についての2本立て。
60年代のいわゆるトランスポーテーション・スタディーズの流れの最先端にいたブリトン・ハリスが「データ計量を積み重ねていっても都市はできない。結局はデザインの問題だよ」と言った話。元々は弁護士であったポール・ダビドフのアドヴォカシー・プランニング(計画家は住民の声の透明な代弁者であるべきだという理論)に対して、計画家は様々なデザイナーや住民たちを束ね・運営して行く者なのではないか(cf.デビッド・クレイン)と噛み付いた話。結果として「まず計画家のイデアありきであり、そのイデアの下でいかにして様々な計量データを整理・活用・編集するかが問題である」ということに気づいた話。「先進国」アメリカの理論を「途上国」日本に適用する方法を学ぶために、ベネズエラに行っていた話。幕張は欧州型の集合形式の適用ではなく、あくまでも集合の形と法規・運用について思考した結果の産物である、という話。賃貸をなくし、全ての土地を分譲にすればもっと都市運営はうまくいくのではないか、という話。などなど、数々の都市計画の現場に関わってこられた経験をふまえた、本当に面白いお話をたくさん伺えた。「ドクシアディスなんて観念論者でしょ」なんて言葉も印象に残った。
インタビュー後のカフェでの対談の中では、団地などの近代的な建築群・風景(藤村さんのブログを参照すれば「新スケープ」)の記憶を持つ者と、田園や集落などのヴァナキュラーな風景(「旧スケープ」)の記憶をもつ者の両者を、都市の中に共存させられるようなシステムをいかにして構築するかが問題だ、という話になった。本当にこれは現代的な論点だと思う。「新スケープ」と「旧スケープ」が乖離共存する現代日本の風景を見つめ直し、それを再編集するようなシステムを構想することは、「新スケープ」vs「旧スケープ」という対立軸を相対化できるだけの距離をもった僕らの世代に課せられた宿題のようなものかもしれない。
◇8日
1時からゼミ。4年生の発表を見ていて、パワーポイントのつくり方1つでも非常にセンスの違いがあるなーと感じた。これは「物事を整理する能力」(編集能力)の差なのだろうか。そうした能力は敷地のコンテクストを整理・編集する際にも求められるものなわけで、やっぱり建築学生はプレゼンがうまいに越したことはない。特にパワポで、見えないくらい小さな文字をびっしりと書かれると…。他人のことは言えないけど、ちょっとだけ閉口してしまった。
夜中、増改築物件の写真・図面が送られてきた。まさかの地中海風。木造だと思ってたからびっくり。内装はとてもきれい。要求条件などを整理。
土岐さんから「横丁観察学会」のお誘いを受ける。すぐさま京都で見た「酒屋の居酒屋化」という「超現実的スケープ」を思い出し、乗り気になる。横丁といえばなんと言ってもアラゴンの『パリの農夫』。そこで描写されるパリのパサージュの風景は、時代と国を超えて現代日本の都市風景を考える際にも重要な論点を与えてくれる。ノスタルジックになることのない、日常的かつ政治的な都市スケープ。個人と個人の関係から次第に派生していく散逸構造的な風景。送られてきた「横丁リスト」を見ながら、うちの大学じゃ、こんなおもろい企画をたてる人はいないよなーと相変わらず独り愚痴りつつ、始発で帰宅。
◇9日
カーンとコミュニタリアニズム、スペースフレームについての論文を読む。これもひとつの「コア」論。でも長くて読み終わらない…。
『広告批評』を見ていたら、民営化後の郵政グループの広告・CMの写真が上田義彦さんによるものだということに気づく。なるへそ。なんか分かるな〜。ライトやミースの建築をとった写真も良いが、今回の写真は日本のヴァナキュラーな風景を撮影しているがゆえに、初期の(植物とかを撮っていた頃の)テイストが良い感じで脱色・変形されており、新しい展開の予感を感じた。風景写真という点では最近は、古典のベッヒャー夫妻の他にも、横澤典さんとか勝又邦彦さんなどの日本の若手写真家も気になる。写真家によって再構築された都市風景の数々を繋ぎ合わせてみると、どのような都市心象風景の総体が浮かび上がってくるのだろうか?
簑原さんにインタビューに伺う@新宿。ペンシルバニア大学留学時の話と幕張の計画についての2本立て。
60年代のいわゆるトランスポーテーション・スタディーズの流れの最先端にいたブリトン・ハリスが「データ計量を積み重ねていっても都市はできない。結局はデザインの問題だよ」と言った話。元々は弁護士であったポール・ダビドフのアドヴォカシー・プランニング(計画家は住民の声の透明な代弁者であるべきだという理論)に対して、計画家は様々なデザイナーや住民たちを束ね・運営して行く者なのではないか(cf.デビッド・クレイン)と噛み付いた話。結果として「まず計画家のイデアありきであり、そのイデアの下でいかにして様々な計量データを整理・活用・編集するかが問題である」ということに気づいた話。「先進国」アメリカの理論を「途上国」日本に適用する方法を学ぶために、ベネズエラに行っていた話。幕張は欧州型の集合形式の適用ではなく、あくまでも集合の形と法規・運用について思考した結果の産物である、という話。賃貸をなくし、全ての土地を分譲にすればもっと都市運営はうまくいくのではないか、という話。などなど、数々の都市計画の現場に関わってこられた経験をふまえた、本当に面白いお話をたくさん伺えた。「ドクシアディスなんて観念論者でしょ」なんて言葉も印象に残った。
インタビュー後のカフェでの対談の中では、団地などの近代的な建築群・風景(藤村さんのブログを参照すれば「新スケープ」)の記憶を持つ者と、田園や集落などのヴァナキュラーな風景(「旧スケープ」)の記憶をもつ者の両者を、都市の中に共存させられるようなシステムをいかにして構築するかが問題だ、という話になった。本当にこれは現代的な論点だと思う。「新スケープ」と「旧スケープ」が乖離共存する現代日本の風景を見つめ直し、それを再編集するようなシステムを構想することは、「新スケープ」vs「旧スケープ」という対立軸を相対化できるだけの距離をもった僕らの世代に課せられた宿題のようなものかもしれない。
◇8日
1時からゼミ。4年生の発表を見ていて、パワーポイントのつくり方1つでも非常にセンスの違いがあるなーと感じた。これは「物事を整理する能力」(編集能力)の差なのだろうか。そうした能力は敷地のコンテクストを整理・編集する際にも求められるものなわけで、やっぱり建築学生はプレゼンがうまいに越したことはない。特にパワポで、見えないくらい小さな文字をびっしりと書かれると…。他人のことは言えないけど、ちょっとだけ閉口してしまった。
夜中、増改築物件の写真・図面が送られてきた。まさかの地中海風。木造だと思ってたからびっくり。内装はとてもきれい。要求条件などを整理。
土岐さんから「横丁観察学会」のお誘いを受ける。すぐさま京都で見た「酒屋の居酒屋化」という「超現実的スケープ」を思い出し、乗り気になる。横丁といえばなんと言ってもアラゴンの『パリの農夫』。そこで描写されるパリのパサージュの風景は、時代と国を超えて現代日本の都市風景を考える際にも重要な論点を与えてくれる。ノスタルジックになることのない、日常的かつ政治的な都市スケープ。個人と個人の関係から次第に派生していく散逸構造的な風景。送られてきた「横丁リスト」を見ながら、うちの大学じゃ、こんなおもろい企画をたてる人はいないよなーと相変わらず独り愚痴りつつ、始発で帰宅。
◇9日
カーンとコミュニタリアニズム、スペースフレームについての論文を読む。これもひとつの「コア」論。でも長くて読み終わらない…。
『広告批評』を見ていたら、民営化後の郵政グループの広告・CMの写真が上田義彦さんによるものだということに気づく。なるへそ。なんか分かるな〜。ライトやミースの建築をとった写真も良いが、今回の写真は日本のヴァナキュラーな風景を撮影しているがゆえに、初期の(植物とかを撮っていた頃の)テイストが良い感じで脱色・変形されており、新しい展開の予感を感じた。風景写真という点では最近は、古典のベッヒャー夫妻の他にも、横澤典さんとか勝又邦彦さんなどの日本の若手写真家も気になる。写真家によって再構築された都市風景の数々を繋ぎ合わせてみると、どのような都市心象風景の総体が浮かび上がってくるのだろうか?
2007年11月6日火曜日
上の世代
11月
◇2日
起きたら夕方4時。あー…。
6時から銀座アップルストアでの「建築のコンピュータライゼーション」座談会を聞きにいく。会場への階段を上っていたら、なんと村井さんに遭遇。席に座ったら服部くんたち塚研勢や黒川くんなどにも遭遇。東京の大学にいるんだなーと実感。筑波時代には講演会に行って知り合いに会うなんてまずなかった。感慨深い…。
座談会はまず石上さんの神奈川工科大学のレクチャーでスタート。垂直/水平加重を受ける柱基礎を別々にばらした変わり基礎の写真に驚いた。設計時に用いたという噂の自前CADソフトのマニアックさにまた驚く。あらゆる地点からあらゆる方法で柱の形態・位置などを編集できるという、超相対的CAD。「全てのものから等距離にあるものをつくりたい」という言葉が印象に残った。続く家成さんがディテールの集積からできあがる「並列的な建築設計プロセス」について話した後、藤村さんが「超線形設計プロセス」について発表し、最後に松川さんが「プログラミングと周辺環境に設計を手伝ってもらうこと」について議論。4者ともに設計プロセスに焦点をあてた発表をすることで、一種独特の流れがでていたと思う。アルゴリズミックな設計プロセスを通じて、コンテクスト無き「ゼロの風景」の中に何とかして新しいコンテクストを顕在化させていこう、という藤村さんの議論が主軸。ほぼ同世代に属す4者がこうした議論をある程度共有しつつも、それぞれに「都市」「環境」といったものの捉え方が微妙に違っているところが面白かった。様々な質問に対する松川さんの知的な解答も印象的。こういった熱い議論の場が何度もあったらいいなー。
終了後、村井さんや塚研の人達と中華。「レモンそば」はレモンが2枚。
◇3日
久々に「れんこん」へ。やっぱここのもつ煮込みはすごい。あぶり秋刀魚の和え物という新定番も発見。ちょーうまい。
◇4日
朝、浅草の事務所に荷物を置きに行きがてら、浅草駅高架下のモスで朝飯。かなり暗くてレトロな店内に、暖かくも明るくない昼色光。そして味までなんだかレトロ。隠れ家的。電車が通るとガタガタ激しく揺れる店内も超好印象。「明るい2階もどうぞ」って書いてあったけど、2階ってどこにあったんだ?また行きたい。
その後、デザイナーズウィークを見に外苑前へ。ちょうどすいている時間帯に行けたので、結構じっくりと廻れた。小さなブースでも独自の世界観をもっているデザイナーやブランドというのは、やはり目に留まる。石上さん的な世界観をもったブースが結構あったような気がするけど、今の建築界では全く受け付けられないような過激な世界観をもっているブランドも。にぎやかな展示で楽しめた。
昼飯後、スパイラルの展示を見に行ったのだけど、パトリシア・ウルキオラがデザインしたインテリアが凄くかっこよかった。まさに「都会の中の幻想的な森」。真っ白い家具にぼんやりと投影される様々な色。スパイラルの空間をとてもうまく使ったインスタレーションだった。
3時くらいから再び浅草へ。事務所に行くも、図面が届かず、せっかく野口さんが来たのにグダグダ(笑)。5時には早くももんじゃ焼き屋に移動して乾杯。誰がどう見てもコントにしか見えない土岐さん+野口さんの掛け合いに店員がずっと苦笑。馬鹿。毎回のことながらダルダルで楽しい。野口さんも相変わらず元気そうで何よりでした。来週からは本格的にスタディするぞー。
◇5日
豊川さんと久々にさし飲み@新宿。「国土と歴史と建築」について熱く語る。近代建築史を真正面から喝破し、全ての現代建築理論を打ち砕き、ポスト丹下として世界を掌握せんとするその凄まじい野心とパワーに、いつものことながら圧倒される。「俺には歴史の声が聞こえる」と語り、「国土」という現代建築界では長らく禁句であった言葉に真っ向から挑みかかる超前衛建築家。その議論の前ではもはや、構成や形式がどうとか、都市構造がどうとか、関係がどうのとかといった話は全く相手にならない。天才っていうのはまさにこういう人のためにある言葉でしょー。全てが空論ではなく合理的な理論と哲学に裏打ちされているところがもはや怖い(笑)。これを今の学生さんたちはどのように聞くのだろう?未だに「熱く語るのってダサイよね」とかいって冷めた態度をとる人がいたとしたら、もはや時代的にKYなのでは?「コンピュータライゼーション」座談会でも思ったけど、いわゆる76世代の熱気と層の厚さは本当にすごい。下の世代に属す者としては、その先を見据えるような野望をもたないと完全に置いて行かれる。
今週はとにかくやる気を煽られた週でした。
◇2日
起きたら夕方4時。あー…。
6時から銀座アップルストアでの「建築のコンピュータライゼーション」座談会を聞きにいく。会場への階段を上っていたら、なんと村井さんに遭遇。席に座ったら服部くんたち塚研勢や黒川くんなどにも遭遇。東京の大学にいるんだなーと実感。筑波時代には講演会に行って知り合いに会うなんてまずなかった。感慨深い…。
座談会はまず石上さんの神奈川工科大学のレクチャーでスタート。垂直/水平加重を受ける柱基礎を別々にばらした変わり基礎の写真に驚いた。設計時に用いたという噂の自前CADソフトのマニアックさにまた驚く。あらゆる地点からあらゆる方法で柱の形態・位置などを編集できるという、超相対的CAD。「全てのものから等距離にあるものをつくりたい」という言葉が印象に残った。続く家成さんがディテールの集積からできあがる「並列的な建築設計プロセス」について話した後、藤村さんが「超線形設計プロセス」について発表し、最後に松川さんが「プログラミングと周辺環境に設計を手伝ってもらうこと」について議論。4者ともに設計プロセスに焦点をあてた発表をすることで、一種独特の流れがでていたと思う。アルゴリズミックな設計プロセスを通じて、コンテクスト無き「ゼロの風景」の中に何とかして新しいコンテクストを顕在化させていこう、という藤村さんの議論が主軸。ほぼ同世代に属す4者がこうした議論をある程度共有しつつも、それぞれに「都市」「環境」といったものの捉え方が微妙に違っているところが面白かった。様々な質問に対する松川さんの知的な解答も印象的。こういった熱い議論の場が何度もあったらいいなー。
終了後、村井さんや塚研の人達と中華。「レモンそば」はレモンが2枚。
◇3日
久々に「れんこん」へ。やっぱここのもつ煮込みはすごい。あぶり秋刀魚の和え物という新定番も発見。ちょーうまい。
◇4日
朝、浅草の事務所に荷物を置きに行きがてら、浅草駅高架下のモスで朝飯。かなり暗くてレトロな店内に、暖かくも明るくない昼色光。そして味までなんだかレトロ。隠れ家的。電車が通るとガタガタ激しく揺れる店内も超好印象。「明るい2階もどうぞ」って書いてあったけど、2階ってどこにあったんだ?また行きたい。
その後、デザイナーズウィークを見に外苑前へ。ちょうどすいている時間帯に行けたので、結構じっくりと廻れた。小さなブースでも独自の世界観をもっているデザイナーやブランドというのは、やはり目に留まる。石上さん的な世界観をもったブースが結構あったような気がするけど、今の建築界では全く受け付けられないような過激な世界観をもっているブランドも。にぎやかな展示で楽しめた。
昼飯後、スパイラルの展示を見に行ったのだけど、パトリシア・ウルキオラがデザインしたインテリアが凄くかっこよかった。まさに「都会の中の幻想的な森」。真っ白い家具にぼんやりと投影される様々な色。スパイラルの空間をとてもうまく使ったインスタレーションだった。
3時くらいから再び浅草へ。事務所に行くも、図面が届かず、せっかく野口さんが来たのにグダグダ(笑)。5時には早くももんじゃ焼き屋に移動して乾杯。誰がどう見てもコントにしか見えない土岐さん+野口さんの掛け合いに店員がずっと苦笑。馬鹿。毎回のことながらダルダルで楽しい。野口さんも相変わらず元気そうで何よりでした。来週からは本格的にスタディするぞー。
◇5日
豊川さんと久々にさし飲み@新宿。「国土と歴史と建築」について熱く語る。近代建築史を真正面から喝破し、全ての現代建築理論を打ち砕き、ポスト丹下として世界を掌握せんとするその凄まじい野心とパワーに、いつものことながら圧倒される。「俺には歴史の声が聞こえる」と語り、「国土」という現代建築界では長らく禁句であった言葉に真っ向から挑みかかる超前衛建築家。その議論の前ではもはや、構成や形式がどうとか、都市構造がどうとか、関係がどうのとかといった話は全く相手にならない。天才っていうのはまさにこういう人のためにある言葉でしょー。全てが空論ではなく合理的な理論と哲学に裏打ちされているところがもはや怖い(笑)。これを今の学生さんたちはどのように聞くのだろう?未だに「熱く語るのってダサイよね」とかいって冷めた態度をとる人がいたとしたら、もはや時代的にKYなのでは?「コンピュータライゼーション」座談会でも思ったけど、いわゆる76世代の熱気と層の厚さは本当にすごい。下の世代に属す者としては、その先を見据えるような野望をもたないと完全に置いて行かれる。
今週はとにかくやる気を煽られた週でした。
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