最近観た展示を趣味的にメモ。熱中症寸前なので、書き流しでーす。
原美術館の「アートスコープ2007/2008」展。加藤泉の彫刻がめちゃ良かった。今まで絵画しか見たことがなかったけど、あのオブジェ的な彫刻を見ていて、ようやく自分の中でポイントが掴めた気がする。第3空間的美術というか、30年代シュルレアリスムが持っていた西洋/東洋混淆的な雰囲気があるというか。なんかあんま言葉にしちゃうと批評っぽくなっちゃうな。とにかく身体的にビビっと来ました。ザラザラ。あれを見れただけでも行って良かった。
ICCで佐藤雅彦の展示がやってるとか聞いて行ったらまさかのキッズプログラムで、育ちの良さそうなアートっぽい子供たちが元気に駆け回っていたので、もはや夏バテ気味の足立区民としてはちょいゲンナリ。パス。
オペラシティの「トレースエレメンツ」展。
映像系の作品は、やっぱり僕にはちょっと難解。難解なものを紐解いていく批評精神はもう無いので、別の見方で鑑賞。なぜこの人はこんなに哀しそうなんだろう?とか、勝手に妄想しながら見ていると結構楽しい。提示されるイメージの「意味」を「理解する」んじゃなくて、「物語」を「妄想する」こと。なんて言うとバルトみたい。
古屋誠一の「メモリーズ」で心にグッときた後、志賀理江子で内蔵にグッとくる。重低音ベースをアンプの近くて聞いた時みたい。グラグラと揺さぶられながら落ちていく先の暗闇を、シュッと鋭く光が切り裂くような。さすが。
その他だとフィリップ・ブロフィの「蒸発した音楽」。見慣れたヴィデオから発せられる、不気味でちょっと笑える見慣れない音響。「イメージの真実らしさ」の脱臼。クリックハウス界に颯爽と登場してきた時のアクフェンみたい。現代のパンクはこのくらい乾いてなきゃ。
同じくオペラシティで麻田浩&近藤恵介の展示は良い意味でとても好対照。
僕の勝手な解釈によれば、前者は僕の好きな版画家の柄沢斉を思わせるような、様々な「意味」をまとった記号的断片のコラージュによって「原イメージ」「原風景」「原都市」といった何かしらか「オリジン」な唯一無二のものを浮かび上がらせようとするタイプ。後者は、日常のなかで主観的に捉えられた一見「無意味」な断片をパラレルに並置することによって、その断片相互の間の余白の中に、鑑賞者が勝手にストーリーを妄想していくようなタイプ。
両者ともいくつかの限定された記号を何度も反復して使う、という点では共通しているけど、前者ではいくつもの記号的断片がオーヴァーレイされて1つの物語へと収束していくのに対し、後者では記号的断片がそっけなく並置され複数の物語へと拡散していく。
重合v.s.並置。収束v.s.拡散。個人的には後者の感性が好き。昔は前者みたいなのを目指してましたが。
複数の象徴性が並置された空間、っていうのはなんだか文字で書くとポストモダン建築っぽいのだけど、うーん、なんかつくりたい雰囲気は違うんだけどなあ。「反復」っていうのが鍵かも。凡庸な記号、複数の象徴性、パラレル、反復、とかは最近すんごく気になるところなので、そのうち本気で考えてみまーす。
アドミュージアムの最新の展示(「広告の青春時代」だっけ)は、いつものクオリティは保っていたけど、あれだったらこの間の印刷博物館の展示の方がヴォリュームあったし面白かったかも。展示をニコやかに見ている外人さんがいたけど、確かにあそこは日本観光の際にはもってこいの場所な気がします。第2次大戦前後の広告とか、いかにも「日本的」なイコンで埋め尽くされているし。
GGGの「tha」の展示は、ここ最近のGGGの展示の中では最も良かった。ユニクロやソフトバンクなんかのド有名なウェブデザインを並べた1階の展示(あの草原的な場所の中で人がポコポコ動いてるやつは、やっぱすんごく面白いし現代的っぽい)も去ることながら、全体の統一感、アイディアの新鮮さという点において、地下の展示はトビ抜けて壮快。人力で文字を書いたり消したりする時計とか、アイディア的に目から鱗でした。