



こういう空間とか絵画を、表層的なイメージの並置操作というフォルマリスティックな側面から考えていたらたぶんNGで、世界との関わり方みたいな文化的な側面から捉えると面白いんじゃん、というか。
「こんにちは」「ああ、どうも」「今日も暑いですね」
リュック・タイマンスは「習慣とは凡庸なものとして軽んじられたため忘れられてきた知性の形態である」と言っているらしいけれど、それってとても面白い。
やっぱり僕は、建築というのは個と世界との結びつき方、世界とのコミュニケーションの方法を提示し、実践するものだと思うから、公共性と文化とアイコン的記号について、あるいは表層が生み出す公共性について、これから建築的に考えてみようかなとか思います。