うわっ…。うわあ…。今初めて見返したけど、マジでキモいなあ、前回のブログ。あ〜消したい(笑)。疲れて独り酒するとロクなことないなあ。
19日。学校で作業してたらキッチュ王から電話。そのまま目黒→渋谷→三軒茶屋とハシゴし、爆音でアーリー90'sの音楽が流れながらの馬鹿騒ぎの中、レースクイーンやナース姿の酔っぱらいと知り合いに。
20日。昼からDMで水戸リサーチまとめ。夜にトキさんが帰ると、完全に緊張の糸が緩んで弛緩しきった所長と飲み屋をはしごし、完璧におごってもらい、朝方までDMで変な議論。
24日。研究室の最終ゼミでのプレゼンのために、久しぶりに学校に宿泊し、朝まで作業。始発で千住に帰り、3時間ほど寝てから出発し、昼前には水戸着。うだるような猛烈な日照りのなか、汗の出どころがおかしくなるくらい汗と塩を全身にかきながらトキさんとリサーチ。その後、19時からコアスタッフ会議。自分たちの立ち位置を問われ、かなりのピリピリムードだったけど、いろいろ考えさせられた。すごく刺激的。終電で千住に帰り、ビールを一気飲みしながら、例のキモいブログを書いてしまう。
25日。フラフラモードの中、早朝に出発し、午前中に水戸着。1町分のリサーチ。この日は、近くに川や竹林のある地域をまわったせいか、前日に比べて涼しく、作業もはかどる。とはいえ、それでも全身汗だく&熱中症寸前。図書館で昼寝し、夕方から作家さんと2時間ほど街歩き。18時半に水戸を出て、21時過ぎに浅草に到着。飯をつくって、リサーチ&企画書まとめ。データ整理。菊池のKで盛り上がり、終電で帰宅し、酒飲んで寝る。
26日。コンペの案出しをしつつ、昼過ぎに浅草に移動し、第3回DMパーティの準備。今回は隅田川花火大会との連動企画。1級建築士試験前日&学期末のため、今回は10人ちょっとくらいと少なめ。とはいえ大迫力の花火に一同盛り上がり、結局、いつもの常連メンバーでDMに雑魚寝。エミちゃんにするようなグダグダ話をイシダさんにしながら、ビール、日本酒、ワイン、ウイスキーと飲んだせいで、かなりグルグル。来ていただいた皆さん、ありがとうございました。次回も気軽によろしくお願いしまーす。
27日。早朝目覚め、完全爆睡の常連たち(ちなみにこの日、所長は朝から建築士試験のはず。起きていなかったけど大丈夫だったのかね?)を横目に帰宅。さっそくWCCで「新聞広告クリエーティブ」コンペと東京リサーチまとめを同時進行で終日作業。朝方までかかって、コンペ2案とリサーチパワポを完成。風呂に入ると日焼け跡が痛い。
28日。早起きして上野の印刷屋にコンペデータ入稿。その後豊洲に移動して10時半から最終ゼミで発表。「客観的なデータをつかって主観的なことをする」がコンセプトだったんだけど、うまく伝わったかどうか。ゼミ終了後すぐに上野で印刷物を受け取り、日比谷へ直行してコンペ提出物を持ち込み。2案提出完了。日比谷公園でしばしまどろむも、『パークライフ』のような奇跡は、もちろん起こらず。夜中に軽くコンペ打ち上げ。
29日。日比谷でトキさんに切符を渡し、昼過ぎからゼミ。前日に引き続きデータ、データ、データ…。うわあ…。終了後、大急ぎで水戸へ直行し、コアメンバー合宿。農業をしながら活動している作家さんの自家製野菜パスタが旨い。結局、朝方まで約9時間ほどのマジ激論を交わし、すがすがしい気分で始発で帰宅。
2008年7月30日水曜日
2008年7月25日金曜日
HATE BUT DREAMING
稲妻のような閃きがどこからともなく落ちてきて、それまで重要だと思っていたことの全てが一瞬のうちに色褪せたものに見えてしまう、ということがある。っていうか、つまり、相変わらずミーハーってことだけど。
今日の場合、その閃光は水戸からの最終列車を待つベンチの遥か彼方からいきなり僕の脳天を直撃した。それは極限的な肉体疲労に襲われていたせいかもしれないし、あの犬の話を知ってしまったからかもしれない。いずれにせよ、2年半の月日をかけて、やっと「東京」から抜け出せたのだ。(これは物理的な脱出を指しているのではない。)
どこかの小説家風にいこう。
必然的に獲得する何かがあって、必然的に喪失する何かがある。
僕は、嫌な顔ひとつ見せずにしたたかに都市変革を試みるデザイナーや、すぐに仕事を辞めてしまう最強のポストモダニストや、我が師匠を思わせる独特の言葉回しで全てを煙に巻きつつ的を射る敏腕キュレーターや、ありとあらゆる歴史を「繋げてしまう」若き天才や、着々と実務経験を積む親友や、100年経ってもダメ人間性が抜けない孤高の凡庸哀楽人間たちに、怒られ、笑われ、ケツを叩かれ、飲んだくれ、馬鹿話をし、勇気づけられ、説教され、刺激された挙げ句、ようやく、ホントーにようやく、自分の中で目覚めることを(誰よりも自分自身が)最も期待していたあの感覚を、叩き起こすことに成功したのだ。目覚メテシマッタノダ。
もう水泳の時間はお開きだね。カモン世界。マケナイヨ。
今日の場合、その閃光は水戸からの最終列車を待つベンチの遥か彼方からいきなり僕の脳天を直撃した。それは極限的な肉体疲労に襲われていたせいかもしれないし、あの犬の話を知ってしまったからかもしれない。いずれにせよ、2年半の月日をかけて、やっと「東京」から抜け出せたのだ。(これは物理的な脱出を指しているのではない。)
どこかの小説家風にいこう。
必然的に獲得する何かがあって、必然的に喪失する何かがある。
僕は、嫌な顔ひとつ見せずにしたたかに都市変革を試みるデザイナーや、すぐに仕事を辞めてしまう最強のポストモダニストや、我が師匠を思わせる独特の言葉回しで全てを煙に巻きつつ的を射る敏腕キュレーターや、ありとあらゆる歴史を「繋げてしまう」若き天才や、着々と実務経験を積む親友や、100年経ってもダメ人間性が抜けない孤高の凡庸哀楽人間たちに、怒られ、笑われ、ケツを叩かれ、飲んだくれ、馬鹿話をし、勇気づけられ、説教され、刺激された挙げ句、ようやく、ホントーにようやく、自分の中で目覚めることを(誰よりも自分自身が)最も期待していたあの感覚を、叩き起こすことに成功したのだ。目覚メテシマッタノダ。
もう水泳の時間はお開きだね。カモン世界。マケナイヨ。
2008年7月21日月曜日
フィードバックループ
最近、何人かの建築系の人たちと飲んでいて、話題になった面白いこと↓。
都市や建築を料理のアナロジーを使って観察すること。イームズ邸とダリの杖。「過密の文化」と動線体。青木淳の原イメージとフェイク。惰性的な建築。リサーチのプロセスとビジネス。だらしのない共同体。
我ながら最近は、観念的な議論と活動論的な議論の双方をうまいバランスでぶつけ合えている気がする。思想っぽい方だと、「シュルレアリスム同人誌をつくってコールハースを終わらせる」という企画をキッチュ王とベンヤミン王と画策中。活動っぽい方だと、水戸リサーチに絡めてアート、街づくり、建築・都市論などがごちゃごちゃと混ざった感じのメディアの立ち上げを画策中。両方とも現時点では単なる妄想。誰かグイっと引っ張ってくれ〜。

'
先日ある先輩に「俺は人の思想に興味があって、コイツ面白くねえなって思うとすぐ斬っちゃうんだけど、お前は人の行動に興味があって基本的に全肯定だよな」と言われ、なるほどなあ〜と感心。確かに最近は、他人の行動力とか身軽さとか、あるいは出不精さとか身体的なだらしなさとか、なんかそういうことばっか観察している気がするし、自分と思想的に違う人ほど興味もっちゃうし、思想とか観念の話ばっかされると「あーこの人は俺には関係ないなー」とか思いつつも、自分と関係ないがゆえにいろいろと観察してしまったりする。
基本的には、身軽でミーハーなのにも関わらず、ちゃんと芯が通っていて、「世界を救おう」「有名になろう」「みんな頑張ろう」みたいなJ-POP的世界観から対極に位置している人に惹き付けられます。「批評」を「ひがみ」と取り違えている建築系学生だけはちょっと勘弁。

'
水戸のリサーチは、プレゼンに対するいくつかのリアクションがあったようで、また一歩前進しそう。そろそろリサーチの先にある具体的なプロジェクトやイベント、《ケーススタディ・パーキング》の100案展などに向けて、周囲のいろいろな人を巻き込んで話を詰めつつ、企画書的なパンフレットなどの製作を開始しよう、ということに。あとは各所でのインタビューをきちっと進めつつ構造化していければ。
水戸はこのままガンガン進めていこうと思う一方で、そろそろ東京のリサーチにはケリをつけて、本腰を入れてゴリゴリと建築設計に没頭しよう、と思い始める。ちなみに東京リサーチはまとめ方の秘策を発見!?
都市や建築を料理のアナロジーを使って観察すること。イームズ邸とダリの杖。「過密の文化」と動線体。青木淳の原イメージとフェイク。惰性的な建築。リサーチのプロセスとビジネス。だらしのない共同体。
我ながら最近は、観念的な議論と活動論的な議論の双方をうまいバランスでぶつけ合えている気がする。思想っぽい方だと、「シュルレアリスム同人誌をつくってコールハースを終わらせる」という企画をキッチュ王とベンヤミン王と画策中。活動っぽい方だと、水戸リサーチに絡めてアート、街づくり、建築・都市論などがごちゃごちゃと混ざった感じのメディアの立ち上げを画策中。両方とも現時点では単なる妄想。誰かグイっと引っ張ってくれ〜。
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先日ある先輩に「俺は人の思想に興味があって、コイツ面白くねえなって思うとすぐ斬っちゃうんだけど、お前は人の行動に興味があって基本的に全肯定だよな」と言われ、なるほどなあ〜と感心。確かに最近は、他人の行動力とか身軽さとか、あるいは出不精さとか身体的なだらしなさとか、なんかそういうことばっか観察している気がするし、自分と思想的に違う人ほど興味もっちゃうし、思想とか観念の話ばっかされると「あーこの人は俺には関係ないなー」とか思いつつも、自分と関係ないがゆえにいろいろと観察してしまったりする。
基本的には、身軽でミーハーなのにも関わらず、ちゃんと芯が通っていて、「世界を救おう」「有名になろう」「みんな頑張ろう」みたいなJ-POP的世界観から対極に位置している人に惹き付けられます。「批評」を「ひがみ」と取り違えている建築系学生だけはちょっと勘弁。
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水戸のリサーチは、プレゼンに対するいくつかのリアクションがあったようで、また一歩前進しそう。そろそろリサーチの先にある具体的なプロジェクトやイベント、《ケーススタディ・パーキング》の100案展などに向けて、周囲のいろいろな人を巻き込んで話を詰めつつ、企画書的なパンフレットなどの製作を開始しよう、ということに。あとは各所でのインタビューをきちっと進めつつ構造化していければ。
水戸はこのままガンガン進めていこうと思う一方で、そろそろ東京のリサーチにはケリをつけて、本腰を入れてゴリゴリと建築設計に没頭しよう、と思い始める。ちなみに東京リサーチはまとめ方の秘策を発見!?
2008年7月18日金曜日
何者かからのギフト
リチャード・アッシュクロフトとニック・マッケイヴの奇跡的な再会のようなことが確かに起こる。僕は今日その現場に遭遇したし、この奇跡を体験した世界でただ1人の人間として、このことを書き留めておこうと思う。
ちょうど10年前(後で述べるようにテレビのアナウンサーがそう告げていたのだからきっと10年前なのだ)、僕は実家の居間で夜中にテレビをつけていた。その日はたまたまゴルフの全英オープンの初日が朝までテレビ中継されていて、僕は特に興味もないままに(だいたい僕はスポーツの中でもゴルフについての知識は浅い方だ)その中継を見始めた。
今でも鮮明に覚えているのだけど、その大会では当時アマチュアだったジャスティン・ローズとセルジオ・ガルシアが大ブレークをしていて、確かグレッグ・ノーマンも良い位置につけていたと思う。僕は初めて「ゴルフって結構面白いスポーツなのかもなあ」なんて思いながら、夜中に連続でやっている番組が醸し出す特有の「毎日見続けなきゃ」オーラに呑まれ、4日間、夜中に居間に行ってはテレビをつけて、ボーッと見ていた。4日目、全英オープンはついに最終日の大詰めを迎えていた。
と、その時、自分の右前方で微かに動く影を僕の目がかろうじて捉えた。そしてその影は羽音を立てながら僕の方に向かってくるではないか!それはあの、カタカナ4文字の名前を持ち、夏によく出現しては部屋の隅の方へと消えていく、あの嫌われ者だった。「彼」はやけにでかく、黒ずんでいて、しかも頻繁に飛んで、インターンホンの後ろに素早い身のこなしで隠れ、その影は忽然と消え失せた。僕はもうその「彼」とは2度と再会することはないだろう、いや、再会しないであって欲しい、とちょっとだけ願いながら、そっと居間を離れ、自分の部屋に戻って眠った。
それ以降、何度も「彼」に良く似たものには遭遇したけれど、僕にとって彼らには何かが足りなかった。僕の中では、あの嫌われ者は夜中のゴルフ中継というシチュエーションと切っても切れない存在として記憶されてしまっているのだった。全英オープン、ローズ、ガルシア、ノーマン、そして「彼」…。
そして今日。PC作業をしながらBGM代わりにテレビをつけていると、全英オープンの初日が始まった。僕は普段、テレビをBGMにしたりはしない。しかし今日はまるで何かに導かれるかのように、僕はBGMとしてテレビを選び、テレビ朝日をつけ、そして何かに導かれるかのようにそこであのゴルフ大会が始まったのだ。
チラチラとテレビを見ていると、セルジオ・ガルシアが写り、彼がちょうど10年前の全英オープンでジャスティン・ローズと共に大旋風を巻き起こしたことをアナウンサーが告げていた。僕が「彼」と遭遇した、あの時の大会である。久々に好調なグレッグ・ノーマンが何度も写った。僕はノーマンの激渋な顔を見ながら、10年前に自分の右前方にいた嫌われ者の「彼」のことを思い出していた。全英オープン、ローズ、ガルシア、ノーマン、そしてあの黒々とした姿と羽音…。
まさにその矢先、奇跡は起こってしまった。椅子に座る僕の右下で何かの影が動いたのを、僕の右目は微かに捉えてしまったのだ。(ああ、またしても右側!)。それはまぎれもなく、10年前の「彼」と瓜二つの姿をした「彼」であった。「彼」は僕の姿を見つけるとすぐさま逃げ出しはしたけれど、いずれにせよ、ちょうど10年という時の流れを経て、僕らの感動の再会は果たされてしまったのだ。全英オープン、ローズ、ガルシア、ノーマン…。何かを叩き潰すような「バン」という大きな物音をたてながら、僕は「繋がっている」と思った。真夏の夜の小さなギフト。
ちょうど10年前(後で述べるようにテレビのアナウンサーがそう告げていたのだからきっと10年前なのだ)、僕は実家の居間で夜中にテレビをつけていた。その日はたまたまゴルフの全英オープンの初日が朝までテレビ中継されていて、僕は特に興味もないままに(だいたい僕はスポーツの中でもゴルフについての知識は浅い方だ)その中継を見始めた。
今でも鮮明に覚えているのだけど、その大会では当時アマチュアだったジャスティン・ローズとセルジオ・ガルシアが大ブレークをしていて、確かグレッグ・ノーマンも良い位置につけていたと思う。僕は初めて「ゴルフって結構面白いスポーツなのかもなあ」なんて思いながら、夜中に連続でやっている番組が醸し出す特有の「毎日見続けなきゃ」オーラに呑まれ、4日間、夜中に居間に行ってはテレビをつけて、ボーッと見ていた。4日目、全英オープンはついに最終日の大詰めを迎えていた。
と、その時、自分の右前方で微かに動く影を僕の目がかろうじて捉えた。そしてその影は羽音を立てながら僕の方に向かってくるではないか!それはあの、カタカナ4文字の名前を持ち、夏によく出現しては部屋の隅の方へと消えていく、あの嫌われ者だった。「彼」はやけにでかく、黒ずんでいて、しかも頻繁に飛んで、インターンホンの後ろに素早い身のこなしで隠れ、その影は忽然と消え失せた。僕はもうその「彼」とは2度と再会することはないだろう、いや、再会しないであって欲しい、とちょっとだけ願いながら、そっと居間を離れ、自分の部屋に戻って眠った。
それ以降、何度も「彼」に良く似たものには遭遇したけれど、僕にとって彼らには何かが足りなかった。僕の中では、あの嫌われ者は夜中のゴルフ中継というシチュエーションと切っても切れない存在として記憶されてしまっているのだった。全英オープン、ローズ、ガルシア、ノーマン、そして「彼」…。
そして今日。PC作業をしながらBGM代わりにテレビをつけていると、全英オープンの初日が始まった。僕は普段、テレビをBGMにしたりはしない。しかし今日はまるで何かに導かれるかのように、僕はBGMとしてテレビを選び、テレビ朝日をつけ、そして何かに導かれるかのようにそこであのゴルフ大会が始まったのだ。
チラチラとテレビを見ていると、セルジオ・ガルシアが写り、彼がちょうど10年前の全英オープンでジャスティン・ローズと共に大旋風を巻き起こしたことをアナウンサーが告げていた。僕が「彼」と遭遇した、あの時の大会である。久々に好調なグレッグ・ノーマンが何度も写った。僕はノーマンの激渋な顔を見ながら、10年前に自分の右前方にいた嫌われ者の「彼」のことを思い出していた。全英オープン、ローズ、ガルシア、ノーマン、そしてあの黒々とした姿と羽音…。
まさにその矢先、奇跡は起こってしまった。椅子に座る僕の右下で何かの影が動いたのを、僕の右目は微かに捉えてしまったのだ。(ああ、またしても右側!)。それはまぎれもなく、10年前の「彼」と瓜二つの姿をした「彼」であった。「彼」は僕の姿を見つけるとすぐさま逃げ出しはしたけれど、いずれにせよ、ちょうど10年という時の流れを経て、僕らの感動の再会は果たされてしまったのだ。全英オープン、ローズ、ガルシア、ノーマン…。何かを叩き潰すような「バン」という大きな物音をたてながら、僕は「繋がっている」と思った。真夏の夜の小さなギフト。
2008年7月14日月曜日
TOKYO-RMX 003
「でも、私は楽しい方が好きなの。ケーキだっていろいろな色のフルーツが盛られていた方がワクワクするでしょ?」
「しかし、ケーキの見た目と味の良し悪しは全くの別問題だろ。美味しいケーキを食べたいっていうのは万人の願望でもあるんだ。」
「でも、みんなが感じる美味しさってそれぞれ違うと思うわ。私は誰もが同じコース料理を食べている高級レストランに行くと、なんだかとても息苦しくなるの。」
「じゃあ、いろんな国のいろんな料理が無数に寄せ集められた安っぽいバイキングが好きってわけ?」
「そうね。だって毎日違った料理を組み合わせられるのって楽しいじゃない。それに多文化的だし。」
「しかし、我々料理人の使命は、誰が食べても美味しいと思える、全くもって新しい料理を発明することにあるはずなんだ。」
「でも、新しい料理なんて本当にあるのかしら?私たちはもう大抵の国の料理を食べ尽くしてしまったわ。」
「たぶん、我々の味覚はそういう無数の料理の中で溺れかかっているんだ。我々料理人は万人の味覚を無数の料理の海の中から救いだす必要があるんだ、絶対にね。」
「助けを呼ぶくらいなら、このまま溺れてしまった方がマシよ。」
「しかし、そうやってもう何十年も前に溺れていった君の友人たちは、結局のところ毎回同じバイキングが食べられるレストランにしか行かなくなってしまったじゃないか。」
「結局、堂々巡りってことね。20世紀ってやつみたい。」



「しかし、ケーキの見た目と味の良し悪しは全くの別問題だろ。美味しいケーキを食べたいっていうのは万人の願望でもあるんだ。」
「でも、みんなが感じる美味しさってそれぞれ違うと思うわ。私は誰もが同じコース料理を食べている高級レストランに行くと、なんだかとても息苦しくなるの。」
「じゃあ、いろんな国のいろんな料理が無数に寄せ集められた安っぽいバイキングが好きってわけ?」
「そうね。だって毎日違った料理を組み合わせられるのって楽しいじゃない。それに多文化的だし。」
「しかし、我々料理人の使命は、誰が食べても美味しいと思える、全くもって新しい料理を発明することにあるはずなんだ。」
「でも、新しい料理なんて本当にあるのかしら?私たちはもう大抵の国の料理を食べ尽くしてしまったわ。」
「たぶん、我々の味覚はそういう無数の料理の中で溺れかかっているんだ。我々料理人は万人の味覚を無数の料理の海の中から救いだす必要があるんだ、絶対にね。」
「助けを呼ぶくらいなら、このまま溺れてしまった方がマシよ。」
「しかし、そうやってもう何十年も前に溺れていった君の友人たちは、結局のところ毎回同じバイキングが食べられるレストランにしか行かなくなってしまったじゃないか。」
「結局、堂々巡りってことね。20世紀ってやつみたい。」


楽しい地方/憂鬱な都会
土曜日、水戸でアーティストの方たち10人くらいの中に混じって、トキさんと共にリサーチの中間報告&今後の展開をプレゼン。久しぶりにちゃんとしたプレゼンテーションをつくり、緊張するかと思いきや、プレゼン大会冒頭からの笑いモードの中で楽しくやれました。
その後は発表したアーティスト&スタッフの方たちと飲み会。いつもの感じでグダグダと楽しい。基本的に笑いっぱなし。初めてナマズの薫製を食べた。2次会への移動中に終電時刻を迎え、隙を見て逃走、しようとするも道を塞がれ、もう一度隙を見て水戸駅へと逃亡。最後までいれずにすみません〜。
中間プレゼンも終わったところで、とりあえず水戸リサーチは(今月は!)ひと段落。といっても来週とかまた行きますが。8月後半〜10月に予想される「ほぼ水戸在住状態」に備え、7月中は大学のことなどを重点的にやっておきたいです。ていうか、いろいろとやっておかねばならないようです…。はあ…。「管理」って言われてもなあ…。
さて、気をとりなおして東京ECONONATUREですが、もはや個人的にはECONOいらず。経済なんて重点的に注目するに値しない!そんな狭いフィールドだけをリサーチしてもしょうがないと思ってきたわけです。いずれにせよ、今日から猛スピードで再開し、あと2週間で完了を目指します。秘策は、あります、たぶん、あ、いや、ないかな、いや、ある、はず。
あと、ビリー・ホリデイのバックで激渋のバリトン・サックスを吹くジェリー・マリガンは痺れるくらい格好いいなあ。あの気怠くて甘酸っぱい感じこそがウェストコースト・ジャズの真髄。最近聴いたのだとチェット・ベイカーのスタンダード集もよかったけど、個人的にはウェストコースト・ジャズと言えばやっぱチコ・ハミルトン。中でも特に『ブルーサンズ』。ローチやブレイキーのファンキーなドラムの対極にある、神業のように静かなブラッシュワーク。真夏の夜、静かな砂浜での宴でさっぱりと鳴らされる小洒落たブルース。マリガンとハミルトンの共演盤ってないのかなあ。
その後は発表したアーティスト&スタッフの方たちと飲み会。いつもの感じでグダグダと楽しい。基本的に笑いっぱなし。初めてナマズの薫製を食べた。2次会への移動中に終電時刻を迎え、隙を見て逃走、しようとするも道を塞がれ、もう一度隙を見て水戸駅へと逃亡。最後までいれずにすみません〜。
中間プレゼンも終わったところで、とりあえず水戸リサーチは(今月は!)ひと段落。といっても来週とかまた行きますが。8月後半〜10月に予想される「ほぼ水戸在住状態」に備え、7月中は大学のことなどを重点的にやっておきたいです。ていうか、いろいろとやっておかねばならないようです…。はあ…。「管理」って言われてもなあ…。
さて、気をとりなおして東京ECONONATUREですが、もはや個人的にはECONOいらず。経済なんて重点的に注目するに値しない!そんな狭いフィールドだけをリサーチしてもしょうがないと思ってきたわけです。いずれにせよ、今日から猛スピードで再開し、あと2週間で完了を目指します。秘策は、あります、たぶん、あ、いや、ないかな、いや、ある、はず。
あと、ビリー・ホリデイのバックで激渋のバリトン・サックスを吹くジェリー・マリガンは痺れるくらい格好いいなあ。あの気怠くて甘酸っぱい感じこそがウェストコースト・ジャズの真髄。最近聴いたのだとチェット・ベイカーのスタンダード集もよかったけど、個人的にはウェストコースト・ジャズと言えばやっぱチコ・ハミルトン。中でも特に『ブルーサンズ』。ローチやブレイキーのファンキーなドラムの対極にある、神業のように静かなブラッシュワーク。真夏の夜、静かな砂浜での宴でさっぱりと鳴らされる小洒落たブルース。マリガンとハミルトンの共演盤ってないのかなあ。
2008年7月9日水曜日
TOKYO-RMX 002
あらゆるものがフィクションであるとしたら、リサーチは、都市の完璧なフィクションを書き上げることなんじゃないか。
かりそめのダイナミズムが駆動させる東京は、有限であるからこそ素晴らしいんじゃないか。
これってポストモダ〜ン?なのか? ハトよ、吠えないのか?



かりそめのダイナミズムが駆動させる東京は、有限であるからこそ素晴らしいんじゃないか。
これってポストモダ〜ン?なのか? ハトよ、吠えないのか?
2008年7月7日月曜日
反復という魔法
暑い…。けど今年はなぜか代謝が悪く、汗っかきのはずなのに例年ほどは汗をかきません。なんか嫌な予感?
というわけで、代謝を良くしようと今週も猫だらけの千住を抜け出していくつか展示に出掛けました。
G8の《JAGDA新人賞展》。全体的に若さと爽やかさに溢れる展示でとても良かった。特にファッションブランドか何かのポスターを、カラフルな色とミニマルな幾何学でまとめていたものには、東京エコノネイチャーのヒントをいただきました。ミニマルなのに楽しげ。カラフル&ネイチャー。
GGGの《ADC賞》。予想通りの「いつものメンツ」ながら、例年に比べてとても静かな感じ。代謝が悪いというか。毎年あまりにも同じ顔ぶれだからか、ちょっとしたマンネリ感は否めない。でもこの静かで洗練された感じが今年の空気なのかも。
そんな中でもやはり佐藤卓&服部さんはキレがあった。やっぱ今年は「ウォーター展」と「真夜中」の年だったってこと?特に服部さんの、あの最近恒例のストライプのグラフィックはやっぱ抜群。印刷というものの原理に迫っていくような雰囲気があって、グラフィックの「勉強」などしてきていないド素人の僕にはとても魅力的に見えるのでした。
アドミュージアムの《アドフェスト2008》。「アジア最大の国際広告祭」。ADC賞とは180°雰囲気の違う超アジア的な雑多な広告群。「それ日本でやっちゃアウトでしょ」みたいなのが普通にとおって賞を受賞してる。ヘビを縦に切ったCGとか、壁から突き出た手とか。
雑居性があってオモロいなーなんて見ていたら、最後のCMコーナーで爆笑。特にまばたきしない世界最長記録を目指す、チョコのCMはほんとに笑った。ボールが当たったり、驚かされたりするにも関わらずまばたきしないで耐え続ける様をスローモーションでリプレイしたりしてて。あんな面白いこと、いったいどこで思いつくんだ?
松下電工ギャラリーの《アールブリュット展》は、超良かった!!ほとんどの展示に唸ったけど、その中でも極めつけは、何千台もの電車の正面図がひとつの紙の中に整然と描き込まれた作品。これぞ最高の凡庸哀楽芸術。素晴らすぎっ!思わず号泣しそうになるほど感激してしまった。ひとつひとつは何の変哲もない(ように我々には見える)電車の正面図が、ひたすら反復されることで生み出される微細な差異の集合体と、これでもかといわんばかりに滲み出る哀楽感。あー凡庸だー。反復の魔力とイマジネーション。狂乱的でありながら、しかし、にもかかわらずどこまでも平穏な世界。
客観性やデータなんてどうでもいい。イメージだけが重要なのである。
というわけで、代謝を良くしようと今週も猫だらけの千住を抜け出していくつか展示に出掛けました。
G8の《JAGDA新人賞展》。全体的に若さと爽やかさに溢れる展示でとても良かった。特にファッションブランドか何かのポスターを、カラフルな色とミニマルな幾何学でまとめていたものには、東京エコノネイチャーのヒントをいただきました。ミニマルなのに楽しげ。カラフル&ネイチャー。
GGGの《ADC賞》。予想通りの「いつものメンツ」ながら、例年に比べてとても静かな感じ。代謝が悪いというか。毎年あまりにも同じ顔ぶれだからか、ちょっとしたマンネリ感は否めない。でもこの静かで洗練された感じが今年の空気なのかも。
そんな中でもやはり佐藤卓&服部さんはキレがあった。やっぱ今年は「ウォーター展」と「真夜中」の年だったってこと?特に服部さんの、あの最近恒例のストライプのグラフィックはやっぱ抜群。印刷というものの原理に迫っていくような雰囲気があって、グラフィックの「勉強」などしてきていないド素人の僕にはとても魅力的に見えるのでした。
アドミュージアムの《アドフェスト2008》。「アジア最大の国際広告祭」。ADC賞とは180°雰囲気の違う超アジア的な雑多な広告群。「それ日本でやっちゃアウトでしょ」みたいなのが普通にとおって賞を受賞してる。ヘビを縦に切ったCGとか、壁から突き出た手とか。
雑居性があってオモロいなーなんて見ていたら、最後のCMコーナーで爆笑。特にまばたきしない世界最長記録を目指す、チョコのCMはほんとに笑った。ボールが当たったり、驚かされたりするにも関わらずまばたきしないで耐え続ける様をスローモーションでリプレイしたりしてて。あんな面白いこと、いったいどこで思いつくんだ?
松下電工ギャラリーの《アールブリュット展》は、超良かった!!ほとんどの展示に唸ったけど、その中でも極めつけは、何千台もの電車の正面図がひとつの紙の中に整然と描き込まれた作品。これぞ最高の凡庸哀楽芸術。素晴らすぎっ!思わず号泣しそうになるほど感激してしまった。ひとつひとつは何の変哲もない(ように我々には見える)電車の正面図が、ひたすら反復されることで生み出される微細な差異の集合体と、これでもかといわんばかりに滲み出る哀楽感。あー凡庸だー。反復の魔力とイマジネーション。狂乱的でありながら、しかし、にもかかわらずどこまでも平穏な世界。
客観性やデータなんてどうでもいい。イメージだけが重要なのである。
2008年7月3日木曜日
真夏の実際的目標
コクヨコンペに2案提出。これで今年3つめのコンペ(計6案)なので、目標としてはあと7つ。7月中に「新聞広告クリエイティブ」と「空間デザインコンペ」をやって、8月中に「ミッドタウンアワード」と「富山プロダクトコンペ」と「ダイワハウス住宅コンペ」をできれば上出来です。
今年の夏はコンペの他にも、【水戸リサーチ&ワークショップ】【ケーススタディ・タワー&パーキング】【東京ECONONATURE】など盛りだくさんで、これらをある程度横断する形で何らかのメディア立ち上げができればよいと考えています。
リサーチとデザインとワークショップの3つを同時並行で進めながら、最終的には全ての活動が「都市に関与すること」へと方向付けられていけばよいなあ、と思っています。「都市に関与する」方法の幅を広げたいというか、自分の生活が「都市に関与すること」とイコールになる状態に持っていきたいというか。
【水戸リサーチ&ワークショップ】は今のところ駐車場リサーチ(現時点で500地点ほどが終了)が中心で、そこにいろんなジャンルのアーティスト/デザイナーの方たちを巻き込んでワークショップへと展開させていきたい感じ。ひとつの行為がだらだらっと連鎖・伝播していくような状況の構築、というか。そういった都市内での演劇的活動と並行して、《グローカル・パーキング》のリサーチから《ケーススタディ・パーキング》のデザインまで辿り着ければよいなあ◎。これが一番忙しそう。思いっきり日焼けしそう。
【ケーススタディ・タワー&パーキング】は、ある程度の広さの都市的地域(月島とか向島とか浅草とか)の状況をあらわしているメディアとしての「中層ペンシルビル」と「駐車場」を地域ごとにリサーチ&アイデンティファイした上で、タワーとパーキングに関する汎用性のある提案をカタログ化し、そのカタログから個別のローカルな場所に見合った提案を選んでいく、みたいな方向が理想的。リサーチ→デザイン→カタログ化→リミックスという手順で、編集的に都市と関与してみたい。のだけど、これが一番スケジュール的にやばい…。
【東京ECONONATURE】に関しては、もう、東京の商業空間の構造を自然現象のように眺め、それを自然現象を記述するかのように地図化することだけに絞ろうかと。てか、もはや研究室的なリサーチの進め方はマンネリ気味では?全く日焼けしないリサーチって…。自分的にも最近特に視野が狭まってきちゃったなあ、と。もはや「客観性」とか「デベロッパー的思考」とか「なんでもかんでもアイソタイプ」とか「表象」とか「エンサイクロペディア」とか、やめません?
というわけで、ECONONATURE。東京という森から抜け出せない有限のジャパニーズたち。サランラップシティ東京の中心からネイチャーを叫ぶのだ。
全体に共通するキーワードは、凡庸さ、ミラーリング、クリシェ、振る舞い、グローカル、反復、連鎖、群、中間体、汎用性といったところかな。あと、ベンチューリとスコット・ブラウンの差異が異常に気になってきた感じです。
今年の夏はコンペの他にも、【水戸リサーチ&ワークショップ】【ケーススタディ・タワー&パーキング】【東京ECONONATURE】など盛りだくさんで、これらをある程度横断する形で何らかのメディア立ち上げができればよいと考えています。
リサーチとデザインとワークショップの3つを同時並行で進めながら、最終的には全ての活動が「都市に関与すること」へと方向付けられていけばよいなあ、と思っています。「都市に関与する」方法の幅を広げたいというか、自分の生活が「都市に関与すること」とイコールになる状態に持っていきたいというか。
【水戸リサーチ&ワークショップ】は今のところ駐車場リサーチ(現時点で500地点ほどが終了)が中心で、そこにいろんなジャンルのアーティスト/デザイナーの方たちを巻き込んでワークショップへと展開させていきたい感じ。ひとつの行為がだらだらっと連鎖・伝播していくような状況の構築、というか。そういった都市内での演劇的活動と並行して、《グローカル・パーキング》のリサーチから《ケーススタディ・パーキング》のデザインまで辿り着ければよいなあ◎。これが一番忙しそう。思いっきり日焼けしそう。
【ケーススタディ・タワー&パーキング】は、ある程度の広さの都市的地域(月島とか向島とか浅草とか)の状況をあらわしているメディアとしての「中層ペンシルビル」と「駐車場」を地域ごとにリサーチ&アイデンティファイした上で、タワーとパーキングに関する汎用性のある提案をカタログ化し、そのカタログから個別のローカルな場所に見合った提案を選んでいく、みたいな方向が理想的。リサーチ→デザイン→カタログ化→リミックスという手順で、編集的に都市と関与してみたい。のだけど、これが一番スケジュール的にやばい…。
【東京ECONONATURE】に関しては、もう、東京の商業空間の構造を自然現象のように眺め、それを自然現象を記述するかのように地図化することだけに絞ろうかと。てか、もはや研究室的なリサーチの進め方はマンネリ気味では?全く日焼けしないリサーチって…。自分的にも最近特に視野が狭まってきちゃったなあ、と。もはや「客観性」とか「デベロッパー的思考」とか「なんでもかんでもアイソタイプ」とか「表象」とか「エンサイクロペディア」とか、やめません?
というわけで、ECONONATURE。東京という森から抜け出せない有限のジャパニーズたち。サランラップシティ東京の中心からネイチャーを叫ぶのだ。
全体に共通するキーワードは、凡庸さ、ミラーリング、クリシェ、振る舞い、グローカル、反復、連鎖、群、中間体、汎用性といったところかな。あと、ベンチューリとスコット・ブラウンの差異が異常に気になってきた感じです。
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