2008年9月11日木曜日

TOKYO-RMX 004

「ほら、あそこにも一晩中笑い続けてる子供たちがいる。」

「昔の私たちとそっくり。」

「まるで何かに取り憑かれたかのように笑い続けてる。」

「蛇口から一晩中もれ続ける水みたいね。同じ動作を反復し、闘ってる。」

「ねえ、この街に溢れるひとりひとりの人間が、なんだか数字のゼロみたいに見える時ってない?」

「ある。しかも、それって特に虚しかったり哀しかったりする光景じゃないのよね。」

「そう。ひたすら反復され、増殖する無数のゼロ。我々はそのゼロの中の1つであると同時に、ゼロ以上でも以下でもないんだ。」

「あれってこの街の水際から見える夜景と似てない?」

「確かに。集積されたゼロは、ゼロであり、同時にゼロ以外ではない。しかしながら、ゼロは色褪せることがない。この街にはどこまでも強固なゼロの壁が続いているみたいだね。」

「でもその壁みたいな夜景がグラっと揺らぐ瞬間が私には今だにあって…。今の私にとってはそのタイミングだけが全てなの。」

「その瞬間ってどんな感じがするの?」

「うーん、分かんない。…ねえ、真夜中に街にでると、時々、ホントにたまにだけど、なんだか変な振動が身体の中で共鳴し合って、フワッと身体が軽くなった気がすることってない?」

「それって明け方のパーティで『Can You Feel It』が流れてきた瞬間にも感じない?特にあのキング牧師のバージョン。」

「そうそう。あの感じ。あれって何て言うのかしら?」

「ビート…じゃないかな。」

2008年9月8日月曜日

軋む音/歴史の濁り

いや〜こりゃ参ったね。ここ7年間の学生生活のなかでMAXに忙しい。
移動疲れ+電話疲れ+知らない人に会い疲れ+瞬発的肉体疲労+慢性的疲労の蓄積+寝る直前に飲み過ぎ。もう死にそう。
これで倒れないとは、人間というのはつくづく丈夫にできているのだな、と妙に感心。

で、疲労とは全く関係ないですが、最近の元ちとせは本当に素晴らしい!!!と叫びたい今日この頃。「ホント素晴らしすぎ!!!」。
少なくとも僕の中では、最近の彼女の声は、ビリー・ホリデイやカサンドラ・ウィルソンなどの「ひび割れた声」とダブって聞こえています。

中でも極めつけは、NHKの『SONGS』での「ワダツミの木」。
人間の想像力というものが鮮烈に、そして奇妙なほどに美しく、あの「モダン」という概念を破壊していく瞬間。
あの濁った倍音は、あるひとつの主体の中に潜む複数の主体(=他者)の存在を暗示しているかのよう。彼女は「唄う」ことを「身体が鳴る」と表現するけれど、まさにあの声はひとつの身体の中で複数の身体が共鳴し合っていることを告げているのではないか。

その音は、どこにも飛び立たず、どんな高みや結論にも到達することのないまま、ただひたすら世界の歪みを、歴史の軋みを、ザラザラと濁った身体の鼓動を、どこか低いところから知らせる。彼女が歌うたびに、世界中の歪みがキリキリと音をたてて軋みだす。
僕はあの倍音を聴くたびに、歴史の重層性に、身体というものの濁りに、「透明」や「純正」や「自律性」といった概念の無意味さに、どうしても思いを馳せないわけにはいかなくなってしまうのです。

もし、あの声でサラリと「あさひのようにさわやかに」みたいなスタンダードジャズを唄われたら、マジで気絶するかも。

2008年9月2日火曜日

P-project 始動!

”P-project”というプロジェクトをはじめました。
基本的には「駐車場の新しい使い方を模索する」リサーチ企画と、「駐車場で遊ぶ」イベント企画の2本立て。
リサーチは10-11月に展示が決定。イベントは毎月やります。

以下の写真は、8/31に開催したイベント《Play Parking vol.01》の模様です。水戸リサーチで見つけた小さな小さな駐車スペースで仮設のカフェを展開。夕方からドンドンと人が増えて盛り上がりました。
協力/来店していただいた皆さん、ありがとうございました!
次回もよろしくお願いします!!