によって、目の前の風景の見え方は全然違ったものになる。
アクソメによって世界を把握するのか。
パースによって世界を透視するのか。
スナップ的に世界を切り取るのか。
例えば、全ての線は平行であり、それらは絶対に交わることがない、
と仮定して、世界を捉えてみる。
例えば、全ての線には固有の厚みがあり、その厚みこそが美しいのだ、
と仮定して、世界を捉えてみる。
例えば、全ての線は微細な粒子の集合からなっている、
と仮定して、世界を捉えてみる。
世界に、どのような角度を通して関与するのか。
そしてその角度が、日常の中にどれだけ些細な不安感をもたらすことが出来るのか。
この場合の不安感とは、たぶん混乱と歓びと同義であり、
もしかしたら、それこそが日常風景を切り開くのかもしれない。
画像は、松江泰治『CELL』。