ソニー・スティットの「ソニー・サイド」は本当に不思議な魅力をもった曲だと思う。
パーカーが同じアルト奏者のデクスター・ゴードンのために書いた曲の存在を強烈に意識して、「ゴードンじゃなくて、再先鋭は俺の側にあるんだぜ」的精神で書き上げた(?)この曲には、本当に様々なものが「足りない」。
何かが決定的に「欠如している」のではなく、いろいろなものが少しずつ「足りない」というこの感じ。
とてもむず痒く、ある種の情けなささえ感じさせるこの「足りなさ」が、ソニー・スティットという一人の演奏家の孤独と、暖かい人間味を同時に垣間見せる。
演奏は2分足らず。テーマ部分の曲調はパーカーの名曲「Confirmation」にそっくり。
にもかかわらず、この曲から、スティットの演奏からにじみ出るあの「足りなさ」の哀楽は、パーカーやゴードンのどんな演奏にも引けを取らない魅力を放っている。
いつ聞いても、その「足りなさ」ゆえに勇気づけられる。
とても不思議な、ワンアンドオンリーな名曲だと思います。